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広島地方裁判所 平成6年(ワ)1670号 判決 1998年1月28日

呼称

原告

氏名又は名称

東京物産株式会社

住所又は居所

広島県広島市西区己斐東一丁目八番五号

呼称

原告

氏名又は名称

矢田部英輔

住所又は居所

広島県広島市西区己斐東一丁目八番五号

代理人弁護士

渡部邦昭

呼称

被告

氏名又は名称

株式会社長谷川製作所

住所又は居所

東京都北区堀船三丁目二〇番一三号

代理人弁護士

金丸精孝

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙商標目録記載の商標ないしは別紙著作目録記載の著作物を付した鉢巻を販売してはならない。

2  被告は、原告東京物産株式会社に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告矢田部英輔に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  商標権について

(一) 原告矢田部英輔(以下、「原告矢田部」という。)は、別紙商標目録記載の商標権(以下、「原告商標」ないし「原告商標権」という。)を有している。

なお、原告商標権は、平成七年ころ更新登録出願がなされ、そのころ更新登録された。

(二) 原告矢田部は、原告東京物産株式会社(以下、「原告会社」という。)に対して、右商標権の専用使用権を設定した。原告会社は、右商標を付した別紙写真(一)掲載の鉢巻(以下、「原告鉢巻」という。)の製造、販売等を目的とする会社である。

2  著作権について

(一) 書家大藤克明による別紙著作目録記載の書(以下、「本件書」という。)は、著名な書家が特定の流儀に則って書いたものであり、思想の独創的表現であるから、著作権法一〇条一項四号所定の「美術の著作物」にあたるところ、原告矢田部は、右著作物に関する著作権(以下、「本件著作権」という。)について、これを自由に使用、収益及び処分をなしうるという内容で、右大藤より包括的に譲り受けた。

(二) 原告矢田部は、原告会社に対し、右著作物の専用使用権を設定した。

3  被告の商標権侵害

被告は、別紙写真(二)掲載の鉢巻(以下、「被告鉢巻」という。)を販売しているが、これは、右写真のとおりの表示(以下、「被告表示」という。)、態様であって、原告商標と、呼称、観念において極めて類似していることが明らかであり、被告鉢巻の販売は、原告商標権を侵害するものである。

なお、原告商標の指定商品は昭和三五年三月八日政令第一九号商標法施行令別表第二五類の「紙類」であるところ、被告表示の付されている被告鉢巻の包紙(以下、原告鉢巻の包紙を含めて、単に「包紙」という。)は、布製製品である鉢巻本体の単なる包装紙と見るべきではなく、製造の段階で包まれて一体となっている物品であることや、右包紙には「伊予豆比古命神社」の印が押してあり、購入した者が中身を取り出すために破り捨てたり、中身を取り出した後に破棄したりすることがないことなどからすれば、それだけで十分価値のある特別なものであり、鉢巻本体部分と被告表示を付した包紙で全体として交換価値を有する一つの商品と見ることができる。そして、これが全体として「紙類」と認められるものである。

よって、被告による被告鉢巻の販売は、原告商標権を侵害するものである。

4  被告の著作権侵害

被告は、被告鉢巻を販売しているが、これは、本件書をコピーしたものであり、本件著作権を侵害するものである。

5  原告らの損害

(一) 原告矢田部は、昭和五三年ころ、原告鉢巻を販売するため原告会社を設立し、その後、約一六年間で原告らが得意先を開拓するのに要した費用は、約九六〇〇万円である。

(二) 原告会社は、松山市伊予豆比古命神社に対し、昭和五四年九月から、昭和六三年一一月までの間、原告鉢巻を納入していたが、その取引は、一本金一〇〇〇円の鉢巻を毎年二〇〇〇本ずつの合計金二〇〇万円であり、右約六年間では金一二〇〇万円を下らない。

ところが、被告は、平成元年から現在まで、右神社に対し、被告鉢巻を納入していることが判明した。原告会社は、右販売の中止を求めたが、被告はこれに応じようとはせず、約六年間販売を続けている。よって、原告会社は、平成元年からの六年間で前記金一二〇〇万円を下らない損害を被っている。

(三) 原告矢田部は、被告の強引な販売により信用を毀損されたのみならず、長年の苦労を無駄にさせられ、多大なる精神的苦痛を被った。これを慰謝するには金一〇〇万円が相当である。

6  よって、原告らは、被告に対し、原告商標権又は本件著作権に基づき原告商標又は本件著作目録記載の書を付した鉢巻の販売の差止めを求めるとともに、原告会社は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、前記損害のうち、金一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告矢田部は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否及び反論

1  請求原因1(商標権について)については、

(一)の事実中、原告矢田部が原告ら主張の商標権を有していることは認め、その余は不知。

(二)の事実も不知。

2  請求原因2(著作権について)については、

(一)の事実については否認する。原告鉢巻に付せられた「合格祈願はち巻」という文字は、商標として表示されているものであり、そもそも著作物には該当しない。仮に、右文字が著作物に該当するとしても、原告らによる本件著作権の取得を否認する。

(二)の事実については不知。

3  請求原因3(被告の商標権侵害)の事集中、被告が、被告鉢巻を販売していることは認めるが、その余の部分については否認する。

商標法は、商標を、自己の商品と他の商品とを識別し、かつ、他の商品との出所の混同を防止する機能を有するものとして保護しているものであるから、登録商標をその指定商品に使用しているかどうかは、独立した商取引の目的物としてそれ自体として交換価値、流通性を有する商品に対するものとして登録商標が使用されているかどうかという観点から検討されなければならない。

この点、原告らは、鉢巻と被告表示を付した包紙の両方が、原告商標権の対象であるとするが、神社仏閣の販売する「合格」鉢巻は、受験生がその頭に着用することを予定して作られていることからすれば、被告鉢巻は、布製品として独立した交換価値を有する鉢巻であり、包紙は、それ自体独立した交換価値を有しない包装物にすぎないというべきであり、被告鉢巻の販売は、「紙類」に関する商標の使用とはいえない。

仮に、鉢巻を包装紙の中に入れたままの状態で使用することが商品の常態であるとしても、その場合、右商品は、「紙工品」あるいは「お守り」に他ならず、これは、「紙類」とは異なる商品区分に該当するのものであり、やはり「紙類」と認めることはできない。

よって、被告は、原告商標権の指定商品「紙類」に関して原告商標を使用しているということはできず、原告商標権侵害に関する原告らの主張は失当である。

4  同4の事実中、被告による被告鉢巻の販売については認めるが、その余は不知ないし争う。

5  同5の各事実についてはいずれも不知ないし争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  商標権について(請求原因1)

1  同(一)の事実のうち、原告矢田部が原告ら主張の商標権を有していることは、当事者間に争いがなく、原告商標権が更新登録されたことは、証拠(甲九の1、2)により認められる。

2  同(二)の事実について判断するに、原告らが主張する商標権の専用使用権の設定等については登録が効力発生要件とされているところ(商標法三〇条四項、特許法九八条一項二号)、右専用使用権の設定につき登録したことの主張立証のない本件においては、有効な専用使用権の設定がなされたものとは認められない。

もっとも、原告らの右主張には、登録を要件としないいわゆる独占的通常使用権(すなわち、商標権者が他人に使用許諾しないことを約してなす通常使用権)を設定した旨の主張を含むものと解する余地がないわけではなく、そうだとすれば、証拠(甲七の1、原告矢田部本人)及び弁論の全趣旨により、原告矢田部は原告会社に対して、右独占的通常使用権を設定したものと認められる。

二  著作権について(請求原因2)

1  まず、一般に「書」の著作物性について検討する。

著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいい(著作権法二条一項一号)、美術著作物の例示として、絵画、版画、彫刻等が挙げられている(同法一〇条一項四号)。そして、毛筆による墨書が美術著作物に該当するかが一応問題となるが、「書」は、文字を独特の書体で表現することにより、文字本来のもつ意味を超え、独創的なものを付加するという性質を有しており、それ故に、我が国では、古来より書道として芸術、美術の域に高められ、鑑賞の対象とされてきた経緯があることに照らせば、思想又は感情を創作的に表現したものということができ、原則として、その著作物性を認めることができる。

この点、被告は「合格祈願はち巻」の文字は、原告らの主張する商標そのものであり、そもそも著作物ではない旨主張する。

しかしながら、先に述べた書の性質に照らせば、書の対象となる文字がたまたま商標であるからといって、その著作物性を否定しなければならない合理的理由はないから、被告の右主張は理由がない。

2  もっとも、著作物の意義及び前記書の性質からすれば、「書」が美術著作物といえるためには、一定の創作性の付加が求められているというべく、世人の誰もが筆を取り、墨書するだけのありふれた通常の書体によるもののすべてが美術著作物になるわけではないから、書家が独自の書風により表したものであるとか、そうでないとしても、書の体裁が美術作品を予定したものであるか、あるいは書が通常の文字にない顕著な特徴を有している等の諸事情を勘案して、その著作物性を判断すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告らは、本件書が書家の大藤克明の筆によるものである旨主張し、原告矢田部本人は、大藤克明は有名な書家であり、同人に代金を支払って本件書を書いてもらった旨供述する(甲七の一、原告矢田部本人)が、原告矢田部本人の右供述以外に右大藤克明なる人物が書家であることを認めるに足りる証拠は存しないところ、本件書については、書家自身が自らの書体であることを証明した文書も提出されていないし、署名、印章等により作者を推知させる表示も見られないこと、大藤克明が高名な書家であることを証する同人の略歴等の文書も提出されていないこと、右大藤克明が原告矢田部本人の供述するとおり、高名な書家であるとしても、同原告が右大藤克明から著作権譲渡を受けた時期及び代金額その他右契約の主要部分については供述していないことからすれば、原告矢田部本入の右供述はそのまま信用することはできない。

加えて、本件書における「合格祈願はち巻」の書体を見ても(検甲一、二、甲一の1)、これを目して独自の書風を窺わせるような顕著な特徴が見られるとか、美術作品としての体裁を有しているものとも認めがたい。

以上の点を総合的に勘案すると、本件書は、著作権の対象たる著作物には該当しないというべきである。したがって、原告らの著作権に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  被告の商標権侵害について(請求原因3)

1  同3の事実のうち、被告が被告鉢巻を販売していることは当事者間に争いがなく、被告鉢巻の包紙に付された被告表示(別紙写真(二)のとおりの表示)と原告商標が極めて類似していることは、証拠(検甲一、二)により明らかである。

2  被告は、被告による原告商標の使用がその指定商品「紙類」に関する使用ではないことから、原告の商標権侵害に該当しないこと、すなわち、前記包紙は、それ自体独立の交換価値を有する布製の商品である鉢巻の包装紙に過ぎず、包装紙に付された表示は、その内容物を表示するものであるから、被告による原告商標の使用は、内容物である布製製品の鉢巻を表示するものであり、原告商標権の指定商品である「紙類」に関する使用ではない旨主張する。

この点、商標法は、一つの商標が使用されうる商品の範囲を一定のグループにまとめてその限界を画し、その範囲内では一つの出願一つの商標権の下に商標を専用しうることとし、同一の類別(区分)の範囲内では商品の指定の仕方も出願人が任意に行いうることとするとともに、この範囲を超える商品については、別個に出願して別個の商標を設定しなければ、商標の専用を認めない建前を採用しているのであるから、被告による原告商標の使用が、原告商標権の侵害といえるためには、右使用が、原告商標権の指定商品に関するものといえるかどうかにかかるものというべきである。そこで、以下、この点について検討する。

3  本件各鉢巻の形状については、証拠(検甲一、二、甲一の1ないし3、原告矢田部本人)によれば、原告鉢巻(検甲一)及び被告鉢巻(検甲二)の双方はいずれも、白色布製であり、その中央に「合格」と墨書されたもの及び右各文字の間に伊予豆比古命神社の朱色角印、さらに右端に「椿神社」と墨書されたものがそれぞれ印刷されていること、原告鉢巻の朱色角印部分には、神璽とよばれるお守りが包み込まれていること、いずれの鉢巻も、白色包紙に包まれており、右各包紙には、別紙著作目録記載のとおりの「合格祈願はち巻」と墨書されたもの及びその下方に伊予豆比古命神社の朱色角印がそれぞれ印刷されていること、原告鉢巻には、右包紙中に、伊予豆比古命神社の白色短冊が同封されていること、被告鉢巻には、右包紙中に無地の厚紙が同封されていることがそれぞれ認められる。

右認定の事実、特に、右各包紙にも神社の朱色角印が印刷されていることや、原告矢田部本人尋問の結果を総合すると、本件包紙を布製の商品である鉢巻の単なる包装紙に過ぎないと解することは相当ではなく、包紙も鉢巻本体と合わせて商品価値としての重要部分を構成するものというべく、これを購入する者にとっては、鉢巻本体を包紙から取り出し、受験生がその頭に着用して使用することが常態であるとしても(原告矢田部本人)、双方が一体となることによって、それぞれの価値の総和を超えた独立の交換価値を有する商品として購入するものというべきである。

したがって、包紙は鉢巻の単なる包装物に過ぎず、それ自体独立した交換価値を有しないものであり、包紙に付された表示は内容物である布製の鉢巻を表示するものであるとの理由で原告商標権の指定商品である「紙類」に関する使用ではないとする被告の主張は、理由がない。

4  次に、被告は、本件鉢巻と包紙とが一体として利用され交換価値を有する商品であるとしても、右商品は「お守り」又は「紙工品」であるから、「紙類」とは異なる商品区分に該当すると主張し、これに対し、原告らは、右一体となった商品が全体として「紙類」に属することは明らかであるとして、被告の行為が、原告商標権の指定商品に関する侵害である旨主張する。

この点、昭和三五年三月八日政令第一九号商標法施行令一条において、商標法六条一項を受けて商品区分を指定し、別表第二五類において、紙類及び文房具類を規定し、さらに、昭和三五年三月八日通商産業省令第一三号商標法施行規則三条において、右施行令一条を受けて、右商品区分に属すべき商品をその別表に掲げているが、同別表第二五類の「紙類」によれば、洋紙、板紙、和紙、加工紙、セロハン類を挙げ、さらにその細目を挙げている。それらは、素材としての紙が中心であり、紙自体に何らかの機能が含まれているとしても、例えば、加工紙として挙げられる防水紙や段ボールがそうであるように、素材としての範疇を超えるものではない。

本件においては、原告矢田部の所有する原告商標権が前記施行令別表第二五類の商品区分「紙類」に関するものであることは当事者問に争いがないところ、先に認定した被告鉢巻の形状や機能からすれば、布製の鉢巻本体と包紙が一体となった商品としての本件被告鉢巻を目して、商標法上いかなる指定商品に該当するかの点についてはさて措き(むしろ、機能的には、前記施行規則別表第一七類の「被服」の例として挙げられた「八 その他の被服」中の「ずきん」又は同類の「布製身回品」の例として挙げられた「手ぬぐい」や「タオル」等に近いものであり、かかる商品区分に属するものと思われる。)、少なくとも、同別表第二五類の「紙類」の例として挙げられたいかなる商品の範疇にも該当しないことが明らかである(なお、同別表第二五類の「紙類」においては、「一 洋紙」中の「包装用紙」が例示されているが、本件包紙を単なる包装紙と見るべきでないことは先に検討したとおりであり、商品としての被告鉢巻は、中身である鉢巻が機能的にも本体をなすものであって、包紙の価値がこれを上回るものではないから、右商品を目して全体として「紙類」の商品区分に属するということはできない。)。

したがって、被告鉢巻は、原告商標権の指定商品たる「紙類」に属する商品と認めることはできないというべきである。

してみれば、被告の行為は、原告商標権の指定商品につき原告商標を用いたものとはいえないから、原告商標権を侵害するものではないというべきである。したがって、原告らの商標権に関する主張についても、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  結論

よって、本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 裁判官 竹添明夫)

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